・殆どの人間は生善説である。教義としても生悪説というものは少ない。尤も自爆テロのような、全体のために自己の生を捧げる例は、すくなくないが。神風とか、戦争とか。この考えが強く否定されなくてはならないのは、自分の生ではなく、他人の生に自分の思想を押し付けることだ。
・私は自殺を否定しない。しかし、安易な考えで自殺することは認めない。死ぬための強い個人的な理由が必要である。それは、生きるに着いても強い何かが必要であるのも同じである。子供を育てるでも、西洋音楽史を書くでも何でもかまわない。現代は、生も死も希薄になっていまいか。勿論ただ生きるだけでもたいしたものだ。しかし、レゾンデートル、存在価値、何故自分は生きるのか。その問いが、自分に問われているか。もしその問答の結果、自殺を選んだのであれば一概に否定はしない。
・ガイア理論と、利己的遺伝子。この次はこのせめぎあいを取り上げてみたい。